犬を介して学ぶ大人のコミュニケーションとチーミング力を養う ~動物介在型研修「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」~

コロナ禍によるリモートでの働き方が浸透する中、対面する機会が減った従業員同士のコミュニケーションが課題になっている企業は増加していますが、マース ジャパンでも同様の課題がありました。そこで、マース ジャパンらしいアプローチとして、犬のドッグトレーニング要素と動物行動学を活用し、従業員同士のコミュニケーション力とチーミング力*1を養う研修を2022年7月に実施しました。今回は、その「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」の研修をご紹介します。

*1チームワークの構築と最適化を模索し実践し続けられる力

目次:
  1. 動物介在型研修「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」概要
  2. 「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」研修内容
  3. 参加した従業員が得た学び
  4. プログラム開発者 須崎氏に聞く、犬が人に及ぼす好影響
  5. 本研修を実施して

■動物介在型研修「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」概要

コロナ禍で対面でのコミュニケーションが減少したからだけでなく、パワハラやモラハラなどさまざまなハラスメントが社会問題化したことから、気軽なコミュニケーションが取りづらくなるなど、現代には多くのコミュニケーションの課題があります。そこで、コミュニケーションの基本となる「相手に伝わるコミュニケーションとは何か」に立ち戻って、言葉の話せない犬と一緒に学ぶのが「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」の研修で、自分が思っていることを相手が喜んで実践してくれるにはどのようなアプローチが必要なのかを学ぶと同時に、チームごとに課題に取り組むことでチーミング力を育成することを目的としています。

 

この研修は、一般社団法人マナーニが提供するプログラムのひとつで、講師にヒューマン・ドッグ トレーナー兼プログラム開発主務の須﨑大先生をお招きして実施しました。今回、12人の従業員と3匹の介在犬、3人の犬のハンドラー(日頃、介在犬のトレーニングをしている人)を3チームに分けて実施した研修の課題は「ReCALL(呼び戻し)」。今日初めて会った何も関係性を築けていない介在犬を「声がけだけで指示する人のもとまで呼び戻し、お座りさせること」がゴールです。チームごとに大きさも性格も犬種も異なる介在犬に対して同じゴールを達成するにはどうするべきかをチームごとに話し合ってアイデアを出したり、そのアイデアを実践してみて何がうまくいきそうなのかをチームで試行錯誤していきます。そして、研修の最後では、各チームが導き出した「ReCALL(呼び戻し)」をクラスの前で披露します。

 

■「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」概要

STEP1. ファーストセッション

まず、犬種、年齢、名前のみを開示した3頭の介在犬から、一緒に課題に取り組みたい犬をチームで話し合って決定します。そして、その介在犬を選んだ理由を発表し、その理由に応じて講師が各チームに介在犬を割り当てます。この時点では、スタンダードプードルの大きいウィルソン君(右)が一番人気でした。

             ヒメちゃん                                            テト君                                   ウィルソン君

チームに分かれた後は、名前を呼んだり、体をなでたり、メンバー全員で犬とコミュニケーション。しかし、全く関係性の築けていない介在犬とは、呼びかけてもそっぽを向いたままだったり、チームの輪から離れて遊びに行ってしまったり、と思ったら突然顔をなめられたり…。どのチームも、何を考えているか分からない介在犬とのコミュニケーションに苦労していました。

その後、どんなアプローチが効果的なのか、チームでアイデアを出し合って、試してみる方向性を決めます。そして各チームでなぜその方法を選んだかなどのポイントを発表して共有します。「まずはおやつをあげて仲良くなる」や「みんなで一斉に呼びかけるより一人ずつ呼びかける」、「興味を引くために名前を連呼する」などのアイデアが出てきました。

 STEP2. 介在犬と実践①

チームで想定したアプローチを使いながら「ReCALL(呼び戻し)」の練習に取り組みますが、なかなか自分たちが思うような行動をしてくれない介在犬たち。名前を呼んでも自分のもとに来るどころか、違うチームに乱入していったり…。頭で考えた方法では上手くいかないことを全チームが体感します。

 

STEP3. ロールプレイング&課題の洗い出し

ここで講師から、「犬の立場になって考えてみましょう」というヒントが与えられます。そこで「飼い主役」「犬役」を決め、犬の目線になってみたり、実際に名前を呼びかけられて見た場合、どんな風に感じるのか、どうすると呼びかけに応じたくなるのかをロールプレイング方式で実践しながら話し合います。犬になりきろうとする過程で、ハンドラーに介在犬の性格や、好きなこと、どのようなアプローチをすれば「ReCALL(呼び戻し)」ができるのかを質問することで課題を洗い出します。ここで養われるのは「質問力」です。

上司が犬役を演じると、四つん這いになって寄ってくる姿に笑いも溢れます。「低い声で呼ばれるとちょっと嫌」とか、「連呼されると怖く感じる」など、犬になってみて初めて感じることを共有し、「相手の立場に立ち、相手を知る」ということの大切さを感じます。

 

STEP4. 介在犬と実践②

今までの学びや改善策をもとに最後の実践です。チームが「その犬の個性」を尊重しながら試行錯誤を重ね、少しずつコミュニケーションが成立してきます。

おもちゃで遊んだり、おやつをあげて仲良くなってみたりと介在犬との関係を築いた上で、「呼び戻し」の練習をします。

何をしたら喜び、積極的に行動を起こしてくれるのかを少しずつ見極め、何度も練習を繰り返していました。集中力のない飽きっぽい性格の介在犬のチームは、練習はほどほどにご機嫌を取ったりすることも。

 

STEP5. 「ReCALL(呼び戻し)」の実践と発表

そしていよいよ、各チームで順番に「ReCALL(呼び戻し)」の実践と発表です。

まず、はじめにヒメちゃんの挑戦です。周りの緊張を感じ取ってしまったのか少し戸惑っている様子でまったく動き出しません。しかし、呼び戻しをする代表のメンバーはヒメちゃんの目を見て優しく問いかけ、緊張を和らげてあげると、どんどん積極的に歩み寄り始め、見事成功。

次に挑戦したのは、チームの皆には見向きもせず、ハンドラーから離れようとしなかったテト君。試行錯誤の結果、テト君と打ち解けたチームメンバーは、研修最初の関係性が嘘のようにウキウキとした足取りで駆け寄りReCALLに成功しました。

最後は、常に笑いの中心にいる大きなウィルソン君です。ウィルソン君は飽き性という性格を知ったチームメンバーが何度も練習すると飽きてしまうと考え、練習はほどほどに実演まで楽しく触れ合いを続けていました。それが功を奏して本番では一発OKという見事な戦略でした。

全てのチームがなんとか「ReCALL」を成功させることができ、チームメンバーもほっと一安心。介在犬の性格から、工夫した点や気づいたことなどを発表し、相互にチーミングへの評価をしていきます。

■参加した従業員が得た学び

研修の最後では、コミュニケーションの基本になることをまとめとした講義が行われました。今回の課題は、実は「おいで」と「お座り」と「待て」の3つのコマンドで実施する指示を、最初の「おいで」の声掛けだけで一連の流れとして行うことを求めるものでした。このコマンドに含まれない指示を介在犬に理解してもらうには、最終的に何をして欲しいのかの共通理解を共有し、その行動を引き出す工夫をし、褒めて正解であることを伝えるということを繰り返すことで、同じゴールに到達できる、というものでした。これは、人とのコミュニケーションにも応用でき、この研修を通じて「相手の立場に立って、相手を理解した上でビジョンを共有することで、楽しみながら同じゴールを目指すことができる」ということを改めて確認する機会となりました。

企業研修に犬が介在する意義は、対人のみでは限界がある「心を開き、他者の立場に立ち、相互理解をする」という心の変化を生み出しやすいという点です。

<参加者の声>

・何を言うかというよりも、どんな空気感・テンション・気持ちで話すかということのほうが大きな影響を与えると感じ、これは同時に人にも当てはまると思いました。

・相手を知るために業務外でもコミュニケーションをとってみよう思いました!

・相手のバックグラウンドを理解し、勘所を知ったうえでコミュニケーションをとるのは動物も人も同じだ、と思いました。

・今回のチームには、以前から知っている人もいれば、これまであまり話をしたことのない人もいましたが、介在犬という存在がある事で、会話のきっかけや意見交換をするハードルが下がったように感じました。

このように、自分と相手の違いを知り、相手のモチベーションを引き上げるポイントを考え行動することで、共通のゴールを目指し続けられる、チーミング力を養うことができるのではないでしょうか。

 

■プログラム開発者 須崎氏に聞く、犬が人に及ぼす好影響

今回の研修で講師を務めていただいた、ヒューマン・ドッグ トレーナー兼プログラム開発主務の須﨑大先生にお話しを伺いました。

企業向けに動物介在型研修を実施するねらいは何ですか?

(須崎先生)

今回の研修は、理屈とかじゃなく人間同士、感性を大事にすることを目的にしています。今までは動物を介在させないスタイルで、動物から学ぶコミュニケーションという研修をやっていたのですが、人が人のことを一生懸命考えてもうまくいかないことがたくさんある。だから、もっとその感性を大事にしようと。「左脳優位じゃなくて右脳優位にしていこう」と。

これは動物の世界ではよくあることで、例えば、私たちが横断歩道で止まっている時、隣の人が歩き出した時につい動いちゃう時がありますよね。あれも動物的感覚。私たちの中にあるそういう感覚を呼び覚まして、理屈とかじゃなくて人同士、感性を大事にしていこうということで研修を開発しました。今回は動物をあえて介在させることで、よりリアルに物事を考えられたんじゃないかな、と思います。

動物介在型研修に犬を介在する理由を教えてください。

(須崎先生)

今回のような研修において一番大事にしているのは「いろんな役職の人たちが一緒にチームを組んで、そこで意見交換する」というチーミングです。そのツールとして犬たちがいるのです。

犬は寂しいと寂しいって言うし、嫌だったら嫌って言うし、好きだったら好きって言います。そういう犬たちのシンプルな感情をどうすれば人がコントロールできるのかも考えるし、課題を全員で共有することによって、私は部長だからとか、上司だからとか、そういうポジションの優位性を気にしないで、チームで一緒に取り組むことができるところも犬が介在している利点です。

犬たちはそれが上手くいけば賛同してくれるだろうし、そこに何か不協和音があればうまくいかないはずです。そういうピュアな生き物だからこそ、私たちがどういう風に犬たちとコミュニケーションを取っていくのかをみんなで意見交換する内容となっています。

今回の研修における大切なポイント、学んでほしかったことは何ですか?

(須崎先生)

普段、人間同士だったら相手が考えたり、察することで動いてくれることもあると思うけど、犬の場合はこちらが歩み寄ってあげないと耳を傾けてくれないし、コミュニケーションがうまく取れない。犬たちに行動変容や心情の変化などを促すために好意を伝えるのも大事です。

この研修では、基本的に犬の情報は開示していません。子どもたちが対象の研修の時は教えていますが、大人に対しては聞かれるまでは伝えないようにします。子どもたちには、人と犬は違うということを教えますが、「大人には、人と犬は同じ」だということに気づいてもらいたいからです。そういう動物の本質が知れると、いろいろと面白いことが見えてくると思います。

今回の研修で持ち帰ってもらいたかったポイントは、3つです。

①ビジョンを共有する

②行動を導き出す工夫

③評価は具体的に

まず、①ビジョンを共有するということは、一歩通行のコミュニケーションを避ける、ということです。つまり、いきなりゴールを教えるのではなく、流れを分かりやすく教えてあげたり、どんな風に動けばいいのか誘導してあげることで、徐々にゴールへ向かっていくように流れを作り導くことです。

ビジョンの共有が出来たら、②行動を導き出す工夫をします。相手の特性や経験値を知ることで、犬たちが自ら行動するよう促します。テト君(プードル×マルチーズ)は最初ドキドキして縮こまっていたけれど、プードルは元来漁師が釣った魚を持って往復するという直線運動が得意な習性があるので、皆が四方に分かれてあちらこちらから呼ぶより、線上で反復した方が受け入れられやすいのです。これは人間も同じで、この人がどこから来たのか、どういったことをしていたのか、何に興味があるのか相手の経験値を知ることで、お互いストレス無く接することができます。

最後に、③具体的に褒めることも大切です。なんとなく褒めるのではなく具体的に褒めることは相手のモチベーションを上げることになります。そのためには、相手をよく観察しないといけないし、何が良くて何が悪いのかを判断する必要があります。

このように言葉を話せない犬を介在した研修でしたが、人間も同じで評価や認めてもらえたという気持ちがご褒美となるようなコミュニケーションを取っていただきたいです。

リモートワーク続きでカジュアルな会話が減っていたり、その中で入社された人とはバックグラウンドもなかなか知る機会がない中で業務をしなくてはいけない。そういった現実がある中だからこそ、本研修の気づきを生かしてもらえたら嬉しいです。

 

■本研修を実施して

マース ジャパンは、今回、初の試みとして動物介在型研修「犬と学ぶコミュニケーションの基礎」を実施しました。犬によって人にもたらされる良い効果はさまざまなものがあることは、研究でも明らかになっていますが、この研修でも実証された気がします。業務上の円滑なコミュニケーションに必要な「ビジョンを共有する」「行動を導き出す工夫」「評価は具体的に」の3点の理解に加えて、犬の介在研修によって、従業員同士のコミュニケーションの活性化にもつながり、また、「犬」という動物への興味や理解も深まる結果にもつながったと感じています。

改善できる点もあると感じていますので、今後もチームビルディングや、他者への理解を深める研修として、さらに充実した内容として実施できるように計画する予定です。